渋谷生まれの元ライターが湖南で育てる「トマトの宝石箱」

株式会社 美農然 MINOZEN
代表取締役 齋藤章輔さん

福島県内で新たに農業に従事した人の数は、2017年度で122人(福島県農林水産部農業担い手課調べ)。
東日本大震災以降、その数は大きく減少していましたが、2016年に震災以前の水準に戻りました。Iターンによる新規就農者も少なくなく、震災後の福島の農業を静かに、力強く支えてくれています。

郡山市湖南町福良の集落から、猪苗代湖の数ある浜の中でもとりわけ明媚な風光で知られる青松浜(せいしょうはま)へ抜ける一本道。正面に磐梯山を望むその道から少し東にある10軒ほどの集落で農業を営む齋藤章輔さんも、そんな新規就農者のひとりです。この地のコメ農家の長女である奥様と東京で知り合い、結婚。震災の翌年に湖南に移り住み、今年で7年目のシーズンを迎えました

 
 

“東京から避難する”――風評の中、あえて農業の道へ

 

ハウス内を見てまわる齋藤さん。農業は自然との共存。細心の注意を欠かさない。

齋藤さんは東京・渋谷の出身。フリーランスのライター、編集者として、主にスポーツやゲーム、音楽などの記事を、大手出版社の有名雑誌などに書いていました。奥様とは、あるバンドのファン同士。そのファン達が集まって渋谷でゴミ拾いをするイベントで、2人は出会いました。

「妻と付き合う前に、仲間たちと一緒に湖南に遊びに来たことがあって、本当にいいところだな、素晴らしい環境だなと思いました。都会育ちで、いわゆる帰る田舎がありませんでしたから、こういうところに帰ってこられることに、まず魅力を感じましたね。

それと、もともと食べることが大好きで、食べるものを作ることへの興味も、ぼんやりと持っていました。次男坊で好き勝手にやらせてもらえていましたし、仕事においてもやりたいことはほとんど実現できていたので、転職するなら早いうちがいいと思っていました。」

 

やがて奥様と交際し、2010年に結婚。ぼんやりと思い描いていた移住、就農への思いを実現しようと動き始めていたその矢先、東日本大震災が発生します。齋藤さんも一度、移住を見送る決断をしました。

「ひとまず震災の年は移住せずに様子を見ようと。ただ、ガイガーカウンターを買って湖南の数値を調べてみたら、東京で働いていたところよりも数値が低かった。だから移住への不安はまったくありませんでした。親や友人からは“大丈夫なの?”とさんざん言われましたけど、“俺が東京から避難するんだ”と言って(笑)。」

 

2012年にいよいよ新規就農。しかし、当時の福島の農業は、原発事故による風評というかつてない逆風の真っただ中にありました。手探りであることに加え、福島の農業の未来を考える上でも、スタートには不安があったと言います。

「やはり1年目は、これだけ安全だと言っているのになぜ売れないんだという気持ちが強かったですね。湖南は大丈夫だと言っても、結局は“福島でしょ”と言われる。正直、僕も以前は福島が3つに分かれていることを知らなかったですからね。浜通りと会津がどれだけ離れているかもわかりませんでした。

“福島” “放射能”というキーワードが先に立ってしまうから、購入する方たちもその情報で物を判断するしかない。だから2年目以降は割り切って、いま応援してくれている人たち、リピーターになってくれている人たち、振り向いてくれた人たちを大事にしようと考えるようになりました。」

 
 

「人と環境にやさしい農業」へのこだわり

 

 

現在は、大玉のトマトを4棟、ミニトマトは毎年品種を変えながら平均20種類ほどを生産する齋藤さん。ミニトマトは郡山市内の「愛情館」で販売している他、市内の飲食店やホテル、東京の大田市場にも卸し、さらにはネット通販も展開。宝石箱のようにカラフルに箱詰めされたその見た目の美しさ、かわいらしさで、市内、県内はもとより全国にファンを持っています。

「湖南の夏は、日中は30℃を越えますが夜になると20℃を切るくらい涼しくなります。寒暖の差が激しいとトマトの糖分が保たれおいしくなると言われていますので、ここはトマト栽培には非常に適した場所だと言えます。

今はベースとなる品種が10~15品種あって、それ以外は色や食感の違い、前年の出来などを考えて5品種程度を選んでいます。特に緑、紫、オレンジのミニトマトを作ってほしいという声を頂きますね。」

 

7シーズンにわたってトマトづくりを続ける中で、作り方も少しずつ変わってきたと言います。しかし、その中で変わらず守り続けているのが、「人と環境にやさしい農業」へのこだわりです。

「なにせ手探りのスタートだったので、最初は量も取れないし管理も追いつかない。そしてその中で木もへばっていく、という経験を重ねる中、いかに農薬を使わずに多収するかを勉強する会などに参加しながら、毎年少しずつ改良してきました。今年はかなりいいところまで来たと感じています。

困った時に頼りになるのはSNSですね。Facebookにそうした情報が集まるコミュニティーがあるので、全国の生産者の方々の話をもとに、“こういう時にはどうしたらいいのか”とか、“じゃあうちはこうやってみよう”とか、いろいろトライしながら、この土地に合った作り方を探して取り組んでいます。

もうひとつ、たい肥にもこだわっています。牛の飼育に抗生剤やいろいろな薬を使ってしまっていると、それが糞に混じって排出されますから、当然たい肥にも影響が出てきます。そのたい肥を使ってしまうと土が汚染されてしまうため、環境にもトマトの育成にもよくありません。なので、うちではミネラル資材を散布して無害化したたい肥を自分たちで作っています。いい土で育った野菜の一部は牛たちの餌に使ってもらって、その糞をまた我々がたい肥に使う。そうした昔ながらの循環を取り戻していけたらいいですね。」

 
 

地域で仕事をまわし、湖南を仲間でいっぱいにしたい

 

地域の人々とのつながりは深い。撮影中、隣のおばあさんが野菜のおすそ分けを持ってきてくれた。

 

奥様のお父様も、「あきたこまち」「ひとめぼれ」「里山のつぶ」「ミルキークイーン」、もち米の「こがねもち」の5品目を生産する現役のコメ農家。齋藤さんも田植えや稲刈りの時期には田んぼを手伝いますが、トマトの生産も拡大する中、ひとつの課題となっているのは人手不足の解消です。

齋藤さんは現在、「美農然(みのぜん)」という農業生産法人を立ち上げ、地域の女性たちなどをパートタイムで雇用しながら、何かと人手が必要な農作業を地元の力でまわしています。そこにもまた、地域と地域の農業に対する齋藤さんの思いが込められています。

「美農然という名前は、僕と妻、そして妻の妹の3人で考えたものです。『美』は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の5感で感じる美しさ・美味しさを発見すること。『農』は稔り(みのり)への想いと共に、農という生業に誇りを持つこと。『然』は自然と大地の力と共に持続可能な土地作りをすること。湖南という美しい自然が広がる中で農業をすることの素晴らしさを、うちが農家だからというのではなく、また誰が社長だからということでもなく共有して、湖南全体を仲間でいっぱいにしていけたらいいなと思います。」

「仕事がないんですよね、湖南町は。うちも夏しか雇えませんが、春から秋にかけては地域の女性に働いてもらっています。多い時には1日に3~4人、何時に来てもいいし何時に帰ってもいいことにしています。みんなお子さんやお孫さんがいらっしゃるので、“必ずこの時間までに来てください”となると働きにくいですからね。来てもらいやすい形も考えながら、なるべく地域の人たちの力で農業をまわしていきたいんです。」

地域を大切にし、地域と関わりながら、新規就農ならではの新しい取り組みにも励む齋藤さん。もはや湖南の農業の未来には欠かせない存在となりつつあります。

「湖南は都心部に比べたら夏は間違いなく涼しいですし、子育てもしやすい。うちの子供はまだ小さいですけど、地域の方々は本当にかわいがってくれます。最初は多少の苦労もありましたけど、やっぱり住めば都。最近はもう、“東京出身だよ”と言っても信じてもらえなくなってきました(笑)。」

齋藤章輔さんご家族

 

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農業生産法人 美農然 MINOZEN

福島県郡山市湖南町

http://minozen.net/

http://minozen.shop-pro.jp/

  https://poke-m.com/producers/473

 

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齋藤さんの野菜が食べられる場所

※時期によります。

■リストランテ マルテッロ

福島県郡山市富田東1-368

024-973-8611

http://martello.jp/

 

■シーズナルダイニング スプーン

福島県郡山市中町10-10 郡山ビューホテルアネックス1F

024-939-1129

http://www.k-viewhotel.jp/restaurant/spoon/

 

■トラットリア クッチーナ

福島県郡山市並木3-6-8

024-927-0665

http://cucina.html.xdomain.jp/

 

■牛屋 Hiko ber

福島県郡山市菜根屋敷416-1 柳ビル101

024-973-7997

https://hikober.owst.jp/

 

■肉割烹 KINTAN コレド室町

東京都中央区日本橋室町2-2-1 コレド室町1 3F

03-3516-1129

https://www.muromachi-kintan.com/

 

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2018 . 9 . 4

Photo by : 佐久間正人
Interview / Text by : 髙橋晃浩 (Madenial Inc.)

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